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▼田中三努吏様からの声
2007年10月24日 左人工股関節置換手術を行ないました。
無事手術が終わり、病室に運ばれたとき、まだ両足は麻酔が効いていて感覚もなく足を動かすこともできませんでした。30分経過して…
▼小室馨一様からの声
今、長年苦しんでいた痛みがなくなり、ボーイスカウトのキャンプ、ニモと戯れるダイビングなどやりたいことが一杯です。
2008年3月、定年を迎える私にとって4月からの第二の人生は痛みと戦いながらひたすら手術の日を待つという覚悟でいました。
▼今泉眞理子様からの声
私は、一才の時「先天性股関節脱臼」で、ギブスで固定する治療を受け、ようやく歩けるようになりました。しかし、激しい運動をしたり、長時間歩いたりすると痛みが出るので、運動会や体育の授業はほとんど見学でした。
▼黒坂 陽子様からの声
1歳の時、左足股関節脱臼と診断され3歳までに3度手術を受けましたが、その後何事もなく、スポーツなども普通に楽しんできました。仕事も主人と小さなカフェを営んでおり、いわゆる立ち仕事ですが、何ら問題はありませんでした。
▼大橋 由美子様からの声
十数年、股関節痛と付き合い、平成17年、急激に痛みが増し、お薬を使っても四六時中痛く、熟睡できた日も無かったなぁと思い出します。 もう、ダメ!と平成18年のお正月パソコンに向かいました。病院探しです。
▼卯木 悦子様からの声
2007年、ゴールデンウイーク以降貴重な北海道5月の季節を体験させて頂きました。昨年は6月に右足人工股関節の手術を終え、そして今年の5月11日左足人工股関節の手術をして22日予定どおり退院いたしました。
▼田野尻恵美様からの声
私は京都在住の47歳です。先生に手術をしていただき、4ヶ月がたちました。全く痛みも違和感もなく、快適な毎日を過ごしています。脚を引きずり、毎日痛い痛いと言っていた日々が嘘のようです。
▼匿名患者様からの声
私が石部先生に初めてお会いしたのは、昨年3月、帯広の開西病院でした。
先生は、私のレントゲン写真をご覧になって「どうやってここまで来たの?」と何度か不思議そうにお聞きになりました。
▼一見貴美様からの声
術後10ヶ月 初春に想う 2007年の幕開け、煌煌と輝く初日の出に合掌しながら、穏やかな満ち足りた気持ちで新年を迎えられる喜びに、私を支えてくださった全ての方々に感謝いたしました。
▼大塚孝子様からの声
2005年春頃でしょうか・・・以前にも増して足腰が疲れやすく、鈍痛があり長時間立っていられない、歩けない、しかし、少し休むと回復する。そんな毎日を過ごしながら、苦痛と限界を感じはじめた頃…。
▼橋本三千代様からの声
2006年1月、私共の娘は紺碧の海が眼下に広がるハワイの古い大きな教会で小数の親族の立ち会いのもと結婚式を挙げました。去年の10月に石部先生に手術して頂いてからちょうど100日目のことです。
▼服部美和子様からの声
私は東京在住の55歳です、昨年9月に右足の手術を受け、半年以上が過ぎました。4年程前に初めて変形性股関節症と診断されました。しかも末期で人工股関節にするしかないと言われ本当にショックでした。
▼川嶋道彦様からの声
私は今年の2月に右足の股関節置換手術を受け、昨年3月以来2年がかりで両足の手術を終え、4月27日は退院後初めての診察日でした。筋力測定では驚異的な数値が出てリハビリの先生もびっくり…
▼過能尚子様からの声
ちょうど1年前左足をMISナビゲーションシステムで手術し、体験談をこの欄に載せていただきました。今回3月31日に、右足もMISで手術、4月6日には退院し、ひとりで兵庫県の自宅に戻り、その日から仕事に復帰することができました。
▼望月俊恵様からの声
一番最初に股関節が痛み出したのが、37,8歳頃だったと思います。其の時は一時的に激痛が走り、1,2分立つと又、もとどうりに歩けるようになり、その繰り返しが10年くらい続いたでしょうか・・・
▼U.Y.様からの声
石部先生にメールで相談してから、19日目には札幌へ向かい飛行機の中にいました!!
平成17年6月、突然左足全体に激痛が走り、歩こうとしても足がうまく前に出す事ができなくなり、急ぎ整形外科を受診したところ・・・
▼高山多鶴子様からの声
私は岡山県在住の48歳の主婦です。
私は幼女の時、左足の股関節の手術を受けています。
その後は何事もなく、スポ-ツを楽しんだり三人の出産も普通分娩でした。足の痛みは十数年前から少しずつ痛くなり・・・
▼佐藤裕英様からの声
私は現在47歳ですが、股関節が痛みだしたのは、10年くらい前になります。
当時行った病院で生まれつき股関節の形が悪いと言われましたが、それまで何の支障もなく、何かの間違いだろうと思い込み、今まで通り生活して参りました。
▼坂倉良子様からの声
股関節の痛み、歩けなくなる不安、行動範囲が狭くなる日々・・・なんとしても今年はこの股関節を直したい、その思いから病院探しが始まりました。
地元(神奈川県)の病院で診てもらいましたが、診察を受けるまでに3ヵ月、手術までに9ヵ月待ちとのこと。
▼西原美知子様からの声
皆様の股関節の具合は、いかがですか?痛みがあったり、足の長さが短くなったりすると、辛いですよね。 今回、私は痛みが強く、レントゲンでも末期状態の右足を、MIS+ナビゲーションシステムで手術をして頂きました。(左足は22年前に人工股関節にしています。)
▼飯塚朝子様からの声
私の発病は、56年前の1歳頃に歩きかたがおかしいと母が気付き、病院で『先天性股関節脱臼』と診断され、石膏で固めて固定する治療をしたのですが直りませんでした。学生の頃は一切、運動・遠足をしませんでしたので、痛みが強くなることはありませんでした。
▼富永美枝子様からの声
石部先生、車椅子の私も再び歩けるようにして下さってありがとうございます。
札幌の大地?を踏みしめたときは、嬉しさのあまり病院に向かってお辞儀をしていました。
本当に感謝してもしつくせない程です。
▼船木美恵子様からの声
私は椎間板ヘルニアの持病を持っており、札幌市内の整形外科病院で通院によるその治療を受けていましたが、合わせ持っていた股関節の痛みがひどくなりました。
担当の先生に相談したところ、股関節の権威の先生がNTT札幌病院にいることを知らされ石部先生を紹介していただきました。
▼過能尚子様からの声
私は兵庫県に住んでいます。「札幌で手術する」と言うと、「近くでできないの?なんでそんなに遠い所で・・・・・」と、一様に驚かれました。しかし、私の病院選びでは距離は問題にはならなかったのです。なにより、自分が納得して手術を受ける気持ちになることが一番大切なことだった。
▼川嶋道彦様からの声
「川嶋さんの場合はMISは無理ですね。傷口は大きくなりますが在来の方法の手術になります。」「わかりました。先生にお任せします。今予約すると手術はいつになりますか。」
このようにして2回目の外来診察で私は手術をすることを決断しました。
▼竹村妙子様からの声
31歳で右足を回転骨切り、左足をキャリー(共に自骨)で手術しています。
右足が25年経って、歩行時に痛みが出るようになり、また座って立つ時に右足の腰の下部がつっぱって直ぐ歩けない状態になり、脚長差も3.5cm有り爬行もひどくなってきました。
▼斉藤麻紀子様からの声
2004年7月仕事中に突然右足が動かなくなり、動かすと激痛が走ったのが始まりでした。
その後何度も繰り返し、都内の整形外科何件か受診したところ人工股関節の話はされましたが・・・
▼最上様からの声
人は何かを決心する時、必ずそのきっかけになる人や物事があると思います。
私はが股関節の手術を受けようとしたきっかけは、私より3ヶ月前に石部先生の手術を受けた中井さんという方との偶然の出会いでした。
▼浅島様からの声
先天性股関節脱臼で、札幌市立病院で治療、ギブスをしていた記憶があります。
以来、支障なく過ごしてきました、右脚を痛そうにしていると言われることもありましたが、特に意識したことはありません。
▼中井様からの声
私は平成9年69歳の時、転倒し右大腿骨頸部を骨折しました。2ヵ月半の入院を経て快復することができました。
ところが、その後数年して左股関節に痛みを感じるようになり、その痛みは次第に増してきました。
▼塚田様からの声
長年患ってきた股関節の疾患から解放されるべく、手術を受ける決心をした時は、病を自覚してから16年近くたった。58歳になっていました。 それまで、股関節の症状が徐々に進むのに生活を合わせてきたのですが、歩行も次第に困難になり、4,5年前から不快な鈍痛の起る頻度も次第に増して行きました。
▼岡島様からの声
手術の次の日より股関節の痛みは全くなくなったことに感謝します。
地元の病院はじめ、インターネットで調べた大手総合病院にも診察に行ってみましたが年齢を考えるとまだまだ人工関節は早すぎる10年先がベスト…との答え。
▼鹿野様からの声
歩き始めたら傾く歩き方で左股関節脱臼と診断を受けた。ギブス固定治療。
子供の時、走ると足の付け根が痛む事があったが、生活に何ら支障は無かった。
第3子出産後の痛みが激しく、総合病院整形外科を受診した。
「貼薬治療」と「50才代で人工股関節手術必要」との結果。
▼伊藤 由香里様からの声
美しく色づいた紅葉の間から差し込む光のシャワーを心地良く浴びながら、何年か振りの紅葉狩りに出かけました。近くの公園・・・。
こうした、何気ない日常を当たり前の様に過ごしている今の自分に、とても感動を覚える此の頃です。
▼竹村なおみ様からの声
平成18年5月19日…忘れられない日です。その日、私はライラックの咲き始めた札幌の大通公園を足取り軽く歩いていました。手術後、わずか9日目で退院!5月の札幌の空はさわやかに晴れ渡っていました。手術前歩くのがつらくて下ばかり向いていたことが嘘のようです。
▼匿名患者様からの声
今年3月6日、帯広開西病院にて治療を施していただきました。
現在、要注意期間の3ヶ月が経過し順調、快適に痛みなく生活出来ます事、ひとえに安全、安心、正確を極めた石部先生のお陰と心より感謝し、深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。
▼北川佐和様からの声
私は35歳のH18年3月8日に右股関節のMIS人工股関節置換手術を受けました。痛みはじめたのは、2年程前からで体もそうですが精神的にもダメージを受けて本当に辛い日々を送っていました。
その頃インターネットと地元の新聞に石部先生の…
▼匿名患者様からの声
これから手術をうけられる皆様へ
私は、平成17年10月5日石部先生の執刀で、人工股関節置換えの手術を受けました。3ヶ月後の現在、無理な行動以外は普通の生活ができるようになりました。
平成15年3月から2週間四国八十八ヶ所を巡礼した…
▼佐藤邦子様からの声
10数年前より左足が徐々に痛くなり、それに加えて右足が2年前kら急激に痛くなり、ほとんど歩けなくなりました。病院嫌いの私でも、これはだめだと思い、娘にインターネットでこの病院を探して予約を入れました。
▼高橋久美子様からの声
手術をしていただいたのは平成17年4月20日でした。
眠っている間に何の苦痛もなく終わりました。ただその夜だけは自由に身動きのとれないいらだちと腰痛の苦しさで辛い一夜を過ごしましが、その後はすべて順調。
▼田辺愛子様からの声
私はNTT札幌病院の石部先生に左股関節と右股関節の両方の手術をして頂きました。今は痛みもなく、元気に歩くことが出来、感謝いたしております。
初め左足の付根に痛みをおぼえ、先生に診て頂いたのは8年ほど前の事・・・
▼馬場友子様からの声
今度は石部先生はじめ多くのスタッフの方々のおかげで無事MISの手術を受けることができ、うれしく思っております。20年以上悩んでいた事が嘘のようです。今迄には、自分の骨を使ってする手術もありえたようですが・・・
▼I.A様からの声
私は股関節に関する情報を収集しておりました所、NTT東日本病院で最新式の医療を駆使した手術方法で通常の入院期間を大幅に短縮した日数で退院できる事を知り、当該病院で手術を受けることを決めました。
▼飯田かずえ様からの声
私がはじめて足腰に痛みを感じたのは、平成11年2月頃突然でした。
その当時、私は仕事していたので休日には仲間より紹介された針や指圧にも通っていましたが、一向に良くならないので思いきってある整形外科病院へ行き診断の結果は、変形性股関節症と言われましたが、はじめて聞く言葉でした。
▼匿名患者様からの声
私は、小学生の時ペルテス氏病と言われ、長い間登別厚生病院に入院していた事があります。
45歳を過ぎたころからまた股関節が痛く、歩くときはつま先で歩き、左足は大分細くなっていました。
▼渡辺恵美子様からの声
石部先生の「MIS+ナビゲーション」方式で、2004年11月12日(金)に右股関節を手術していただいた67歳の主婦です。
手術後1日目で午後より看護師さんについてもらい、歩行器でトイレに自力で歩行出来たのがとてもうれしく、今でも忘れられません。
▼嶋田米子様からの声
股関節で悩んでる人に喜びを与えたい。
私は「うーそみたい」と普通に使う言葉がぴったりとした実感、瞬間でした手術して2日目ベットから降りて、こわごわ立ち上がった時、股関節の痛みがまったく無く「うーそ」と感動しました。
▼川崎様からの声
私は55才。9月29日に右股関節を人工関節にする手術を受けました。
手術前は、夜になると痛みがまし、階段は四つんばいになって、はっておりましたし、痛みで顔のしわもずい分ふえたように思います。
▼大賀様からの声
私は、数年前よりリウマチを患い、以来NTT東日本札幌病院には通院していました。
股関節の損壊で激痛をもよおし、家の中を歩くのも困難になってきたので、石部先生の人工股関節手術をうけることを決意しました。
▼山本様からの声
私は7月末に左股関節変形症と診断され、MISと言う最小侵襲手術を受けました。従来の手術方法だと2ヶ月の長期入院が必要となり、傷口も大きいと言う事で、自営をしている私は躊躇していました。



