患者様の声

※患者さまの写真につきましては、ご本人の了承を得て掲載しております。

家田保久様からの声

 股関節の痛みのために気持ちが消極的になり、いろいろなことを諦めることに慣れ、人生を楽しむことを忘れていませんか。  人工股関節置換術を受けることで私は人生を変えることができました。将来に希望や夢を持つことができました。

そもそも

 私の股関節の疾患は石部先生のところへみえる多くの患者さんと違って大きな怪我が原因です。20年以上前、私は右大腿骨が骨盤を突き抜けるという大きな怪我を負いました。股関節のダメージはそれだけでなく、右大腿骨の骨頭の半分が粉々に砕けてしまったのです。救急車で運び込まれた病院の整形外科部長のO医師は前例のない修復手術(ここまで股関節が破壊された人は普通死んでいるそうですので)に挑み、そして成功させたのです。股関節の固定術も選べたのに敢えて将来に可能性を残した手術をしていただきました(おかげで今回の手術が受けられました。今でも感謝しています)。

 半年の入院生活と2年以上におよぶ通院リハビリで症状固定した私は、常にある「痛み」と「わずかにしか曲がらない右足」との不自由でつらい生活に入りました。通院リハビリの途中で人工股関節を入れるという話も何度かありました。しかし、その当時の人工股関節は耐用年数がどんなに長くても20年にならない、そして付け替えができないということでした。担当のO医師は「今、人工股関節を入れると50歳そこそこで車椅子生活を余儀なくされる。それは自分としては忍びない。医療技術は日進月歩している。一日遅ければその分優秀な技術が出てくる。手術をするなら少しでも遅い方がいい」と言われました。私も我慢して、少しでも「自分の骨」で歩くということにしたい、と思っていました。「自分の足で歩く」。そのために筋力トレーニングもつらいリハにも耐えました。そのおかげで一時期は杖無しでも半日くらいは歩き回れるようになりました。もっともその夜は決まってひどい痛みにベッドで泣くのですが。

靴下はいつも妻に穿かせてもらい、畳の部屋は敬遠し、できるだけ歩かないようにする生活が続きました。学生時代に剣道や少林寺拳法に励み、好奇心旺盛でなんでもやってみる、汗をかいてなんぼ、みたいな人間だった私は、気づけば身体を動かすことに消極的で、何事にも感動が薄く、諸般に心躍らないつまらない人間になっていました。

我慢できない痛み

 怪我直後のお腹と腰が割れてしまう様な痛みは手術後には治まりましたが、退院してからも常に、重い痛みとたまに襲う強烈な股関節の痛みと同居する生活が始まりました。おまけに右足の可動域が狭いのでできることがすごく限られます。階段を上る時も杖を使って一段一段上らなければなりません。そしてほんの少し動いただけで脳天まで突き抜ける痛みを感じます。少し長めに立っていた日や、歩いた日は一晩中痛みのために寝られません。

思えば20年以上、まとめて数時間寝られた、ということはありませんでした。ベッドで寝返りをうつたびに激痛が走って目が覚めるのです。それでも「痛みはわが友、生きてる証拠」と言って、周囲に泣き言ひとつ言わずに過ごしてきました。文句を言っても痛みは楽になりませんから。

 しかし、今年の5月31日6月1日の週末は桁が違っていました。

 痛いのです。

 もう半端なく痛い。過去に経験してないくらいの痛みに襲われました。生憎なことに妻が出かけていた週末だったので食事をするのも何でも自分が動かなくてはいけない。おまけに犬を飼っているので散歩にもいかなくてはならない。家の庭に犬を連れて出ると、その庭で痛さで立ち尽くす...。何とか家の外へ出ても一歩歩いては立ち止まり、二歩歩いては立ち尽くす。脂汗をいっぱいかいていつもより短い距離を何とか散歩させます。犬は不 思議そうに見上げています。...これはダメだ。いつか来ると思っていた限界がやって来た、と思いました。今まで「痛みはわが友」と言えていたのはまだ生易しい痛みだったからだと思い知りました。「この痛みを抱えて死ぬまで生きるなんて無理。」「こんな痛みに耐えるくらいなら死んだ方がましだ」とさえ思いました。「よし、人工股関節の手術を受けるぞ」、歯を食いしばって犬と共に歩きながら決心したのでした。

石部先生との出会い

 這うように犬の散歩から自宅へ帰った私は、パソコンを開き、「人工股関節 名医」と検索を始めました。今まで掛かっていたO先生は病院を変わられましたが、たまに診ていただいていました。前例のない手術に真剣に取り組んでくれた恩義もありますし、医師としての腕も確かだと思っていました。しかし、いざ自分の一つしかない右股関節を人工のものに替えるとなると、誰よりも上手で心配のない先生にお願いしたいと思ったのです。

 怪我の時は運び込まれた病院に全てを託すしか無かったのですが、これから行う手術は自分で選んでするものだから納得して受けたい。そのためには日本一の先生にお願いしたい、そういう気持ちでした。そしてたどりついたのが「石部基実先生」でした。

 石部先生のHPを拝見し、MIS(最小侵襲手術)という傷が小さな手術をされることや、ご自身の手術における様々な合併症の件数と%も堂々と発表されていること、一般的な質問に対して回答を提示されていること、などから「この先生は本物だ」と感じました。なにより先生の個人としての症例経験数が半端なく多いことから自分が手術を受けるのならこの方に、と思ったのです。

予約から初診まで

 ただ、石部基実クリニックは北海道の札幌、自分は愛知に住んでいる...、どうしたものか。一瞬この距離のことが頭をかすめました。でも「日本一の先生にお願いする」という気持ちが勝りました。

 HPでは新患受付は平日9時から、となっています。今日は日曜。じゃあ明日朝一番に電話しよう。そう決意しました。その夜、帰って来た妻にこのことを話すと「ようやく決意してくれたのね。私も一刻も早く手術した方がいいと思っていた。そんなに良い先生がいるのなら北海道だろうが外国だろうがその方にお願いしましょう」と言ってくれました。  翌日6月2日、9時になるのを待って石部クリニックへ電話しました。受付の女性の方は丁寧にお話しを聞いてくださり「今からですと8月15日が一番早く受付できます。でなければ翌週です。」と教えていただきました。意外に早く初診の予約ができそうで嬉しかったのですが、さすがにお盆時期は他の用事もあって無理だったので翌週の22日に予約をお願いしました。

 「スーパードクターの診察の予約が取れた」と信じられないような気持ちでした。また一方で「自分のような外傷で一旦壊れた股関節は普通に病気で変形したものと違うだろう。先生に診てもらって『これはうちではできませんね』と言われたらどうしよう。第一北海道までの旅費も無駄になってしまう」と考え出しました。そこでずうずうしいと思いながらも石部先生へメールすることにしました。自分が股関節を傷めることになった経緯や外傷が原因なので普通より変形が著しいので治していただけるのか不安だ、ということを書きました。すると石部先生から丁寧なお返事がすぐいただけたのです。変形がひどくても健康保険で手術は可能です、事故当時のレントゲンがあれば持参してください。という内容でした。

 すごく安心しました。それに加えて石部先生は「実際は診てから」ということなんだろうけど今までの経験から「通常手術であれば治せる」、しかも保険診療の範囲で「治せる」という確信をお持ちだ、なんという自信の持ち主だろう、この先生には自分の足を託せる、と思いました。

 世に「名医」と言われる医師は多くいると思いますが、その治療を受けるために、曰く「紹介者がないと診ない」曰く「自由診療でしか診ない(多額の医療費が必要となります)」というような関門を設けている場合も多いのです。しかし、石部先生は広くHPで内容を説明してくださり、自由に予約をとることができ、医療も健康保険の範囲で完結させていただける、現代の赤ひげ先生なんだ、こんな先生に診てもらえるなんて自分は幸運だと感じました。

初診から入院まで

 8月22日9時という予約だったので前日に札幌入りしました。できるだけ安い宿ということで中島公園駅近くのビジネスホテルに泊まりました。移動のための歩行に相当足が痛かったですが、石部先生に診ていただける、という希望が足を運ばせました。9時前にクリニックに到着しましたが既に入り口前には多くの方が待っておられました。おそらく自分と同じ初診の方、これから手術を受ける方、術後何年という感じで軽やかに歩かれている方、様々でした。9時を過ぎ、受付をすると問診票を書いて待機するよう指示されました。しばらく待っていると、同じビルの中にある手術協力病院である小笠原クリニックの外来プラザというところでレントゲンを撮りに行くよう指示されます。それが終わって待っていると今度は女性スタッフによる足の筋力測定があり、その後しばらくして石部先生の診察に呼ばれました。

 今までHPやYouTubeの動画で観ていた石部先生と初めて対面しました。先生はにこやかに穏やかに、既に変形股関節症の末期であること、人工股関節の手術が唯一で最良の治療方法であること、を話されました。その上で「手術されますか?」と尋ねられました。もちろん返事は「はい」です。すると「幸いキャンセル空があるので今から最短だと9月24日に手術できます。どうされますか」というびっくりするような提案がありました。

初診後数か月の待ちを覚悟していたので約1カ月後の手術というのに動顛しましたが、もちろんお願いしました。「家田さんの場合は変形が大きいことと以前に手術されていることからMISではできない可能性もあります。入院期間も最長で2週間から3週間になることもあります。しかし人工股関節にできます。痛みもとれますし今2cm短くなっている右足の長さも左足と揃います」というお話があり、それから石部先生自らの可動域の検査をしていただき診察は終了でした。診察の最後に先生が「痛みはもう少しの辛抱ですよ」と言っていただいて涙が出そうになりました。石部先生は一流の人間が持つゆとりと自信に満ちた間違いない名医と確信しました。それから女性スタッフの方による今後のスケジュールなどの説明がありました。手術前に一度いろいろな検査のための通院が必要で、その際に自己輸血のための貯血を行う。通常だと1回の貯血だが、私の場合は傷が大きい通常手術の可能性もあるので2回行って800ccの貯血が必要。そのため、9月2日にまず第1回目の通院(検査・貯血)をして、その後12日に再度通院して貯血した後に22日に入院するか、19日に入院してその日に貯血しそのまま入院して手術を待つか、いずれかを選ぶよう言われました。

 北海道までの往復を手術までに2回するのは仕事の関係からいって難しいことと、22日月曜から入院するのも前週の金曜19日から入院するのも実際の仕事の段取りから考えるとあまり違いがないので19日入院を選ばせていただきました。その日は他に、手術までに自宅でやるリハビリの方法を書いたものや股関節手術に必要な事項が書かれたパンフレット、股関節にインプラントが入れられている証明カード(空港などでのセキュリティ で引っかかった時に提示する用)などもいただきました。帰りの飛行機の中で「もう後戻りはできないぞ」という気持ちと、思いの外早く手術ができるという喜びで心が一杯でした。それから毎日指示された筋力トレーニングに励みました。

 9月2日、再び真駒内を訪れました。13時の予約で、この日は様々な検査や貯血があるということで帰りの時間が遅くなるかも、ということで後泊の準備をしての通院です。

 診察の前に検尿、採血、CT・レントゲン撮影、筋力、肺活量や心電図などの計測を行います。これで手術を受けられる健康状態であるかを検査して合格するといよいよ手術前の診察ということになるようです。患足の筋力は指示通り筋トレをしてわずか10日余りで前上げ(13.9kg→16.7kg)後上げ(12.7kg→15.7kg)横上げ(8.5kg→13.0kg)になっていました。きちんと運動することの大切さがわかりました。

石部先生から予定通り手術が可能であることや、入院期間(1週間から最長でも3週間)手術に伴う合併症などの説明があり、手術依頼書等の関係書類に署名しました。そしてその後、入院する小笠原クリニック札幌病院へ移動して(車を出していただけました)貯血のための採血をしました。

手術へのある不安

 私は右股関節の大怪我の手術前に左アキレス腱の完全断裂の手術を受けていました。そのアキレス腱の手術の際に途中で部分麻酔が切れたのです。一目一目、縫合するのがわかりました。完全に麻酔が効かなくなっていました。そのため大怪我で右股関節の手術を受ける時もこのことに触れ、全身麻酔でするような手術でもし途中で目が覚めたらどんな恐ろしいことになるかしれないので不安だと医師に話しました。「全身麻酔ですから大丈夫ですよ」そういわれて手術に臨みました。

結果、やはり途中で覚醒したのです。前の手術では太腿の途中からお尻の半ばまで30cmも切開されましたが、その皮膚の縫合の最初の一針目から目覚めていました。意識が戻り痛感はあるのに体は全く動きません。声も出せない指も動かせない、瞼さえも動かないのです。頭の中は痛さで絶叫でした。手術室を出る前からすでに声も出せていて、病室に帰る時には大声で「だから麻酔が怖いと言っていたのに。もう二度度手術なんか受けるものか」と叫んでいたのです。

 そんな経験もあって、人工股関節置換術などという大きな手術を避けていたこともありました。

 石部先生にはそのことを伝えました。先生は「手術は短時間で終わりますし、麻酔医がしっかりついていますから大丈夫です。もし心配ならそのことを手術前に麻酔医に話してください」と優しく言ってくださいました。もちろん先生の腕は100%信用しています。しかし麻酔医は別の方だからなあ...。その点だけは最後の最後まで不安でした。

入院から手術前日まで

 9月19日、前泊した私は地下鉄真駒内駅でお迎えの車に乗り込み、小笠原クリニック札幌病院に入院しました。仕事の関係で病室にいてもメールのやり取りが必要でそれが可能とするために個室に入れていただきました。ここの個室は自分の常識を超えた豪華な設備でした。個室内に洗面台、トイレがあるばかりでなくシャワー室まで備えられていました。思わず「あのぉ、特別室ではありませんよね」と確認しました。インターネット料金やTV使用料(冷蔵庫も付いています)、それに病衣のレンタル料を含んで一日の料金が5400円(税込)は驚きの安さでした、良心的すぎます。

 まず19日入院の目的である貯血のための採血をしました。ここの病院の看護師さんは注射がお上手でした。前回同様まったく痛みを感じずに貯血を終了しました。その後、入院計画等の説明があり、入院手続きをしました。健康保険の高額療養費制度を使うにしても入院費+手術代+個室料金ですからそれなりの現金を持参していましたが、これは病院の受付で預かっていただけました。それから前もって送ってあった荷物を整理したりして貯血を待ちました。(入院に際していろいろ必要品として指示をいただいていますが、実際なかったら困ったろうなというのはマジックハンドでした。それから病衣を貸与されますので入院中に衣服として必要なのは下着類だけと言っても過言でありません。私はTシャツとかポロシャツとか持って来ましたが実際一度も手を通しませんでした。)

 貯血が終わるとやることがありません。病院内を見て回りました。石部先生の患者さんは皆が4階に入室するようでした。同じ4階のフロアにリハビリ室も売店もコインランドリーもあり、入院してから退院するまで4階から一歩も出ないでも済むようになっていました。手術前なので患者の希望により外出や外泊もできるようでしたが、私は病院から一歩も出ませんでした。おかげで手術前のリハビリも受けることができました。

 入院計画書で自分の手術が24日の9時でその日のトップバッターであることはわかりました。どうせなら手術当日にできるだけ早い時間にやってもらいたかったのでラッキーだと思いました。

 19日、20日、21日...と手術の日を待つのはある意味つらかったかもしれません。次第に緊張していきました。手術は石部先生が執刀されるので怖くはなかったのですが、麻酔がどうなるのだろう、という不安が募っていったのです。麻酔医の方2人が病室にみえて麻酔の説明をされて際にも前の恐怖の経験をお話ししましたが、そんなことは絶対にないから、とにこやかにお話しされていました。でもでも、不安だったのです。

 22日、ああ、嫌だ。やっぱり手術は止めようか、などと考えました。しかし幸運?なことにこの日の晩からまた強烈な痛みが股関節に出たのです。あの6月に味わった「死ぬほどの痛み」。おかげで一睡もできません。「こんなに痛いのなら早く切って欲しい」そう思って手術前2日を過ごしました。その点でこの痛みが手術の最後の後押しをしてくれました。

 23日、手術前日。夕食まで普通に食べてその後は絶食です。太腿の剃毛をしたり浣腸をしたりして準備をすすめました。飲み物だけは飲んでも良いということでした。夜に石部先生が病室にみえて「いよいよ明日です。痛みも今日で最後ですよ」とお話ししてくださいました。そうだ、明日から自分は生まれ変わるんだ、そう思って股関節の痛みに耐えながら朝を待ちました。

手術当日

 朝8時20分からの回診を待ちます。それまでに24時間点滴の管を入れるのにひと騒ぎあったのですが、まずは無事に手術準備が終わりました。時間になりトランクスだけの上に長い病衣に着替えた私は病室の看護婦さんに付き添われながら点滴棒を押して自分の足で手術室まで歩いて向かいます。手術前室で手術室係りの看護師と交代。そこで入れ歯は入ってないかカツラ被ってないかとか聞かれてそのまま手術室に入室しました。

 手術台に自分で上がると背骨にする硬膜外麻酔が始まります。背骨に入れる麻酔は痛いと聞いていたので緊張しましたが、麻酔医の方がお上手でほとんど痛みを感じませんでした。その後いよいよ緊張の「全身麻酔」です。

 「今から麻酔しますね~...。 ...家田さん、わかりますか。終わりましたよ」 え!!  なんだか頭の中が宇宙遊泳をしているような感じで周囲がよくわかりませんが、手術が終わったようです。次の瞬間、石部先生が笑いながらベッドの足元から「無事、手術は終わりました。傷は少し大きめで11cmになりました。足は動かせますか。大丈夫ですね。では明日からリハビリをやって予定通り退院できるようにしていきましょう。」と股関節のレントゲン写真を見せながらお話しされていたような気が...。次第に意識がはっきりしてきて近くにいた看護師さんに時間を尋ねると既に午後1時近くでした。何かきつい靴下(自分が売店で買った血栓防止のストッキングでした)を穿かされてフットポンプが足を定期的に締め付けています。そして両足の間には大きな座布団のようなクッションが挟まっていました。足が内旋すると脱臼するおそれがあると聞かされて入院当時から部屋にはあったものですが、なるほどこうして使うのかと思いました(この大きな枕というかクッションを挟んで寝るというのは入院中どころか退院してもしばらく続くのです)。少し熱っぽいし右足が突っ張る気がしますが、驚くほど痛みがありませんでした。両手は元気に動かせたので看護師さんにお願いして携帯電話を持ってきてもらい、家族に無事手術が終わったと電話しました。

 この日はずっと仰向けのままでした。何かうつらうつらして過ぎました。

夜中に目が覚めてふと右足がどうなったかと思いました。こっそり股を広げてみました。 自分で今までだったら限界と思う角度を超えても足は開いていきます!スムーズに、そして痛むこと無く。「ああ、足が動く。股をひろげても痛くない!」。

その時、20数年我慢していた気持ちが爆発しました。泣きました。うれし泣きではありません...。今までの自分への惜別というか過去の自分に無用の我慢を強いてきたことへの懺悔なのか、妻をはじめとしたお世話をかけた周囲の人々への感謝や申し訳なさからなのか、自分でもわからない感情でずっと泣いていました。これほど素直に自分のことで泣いたのは生まれて初めてかもしれません(ホントに個室で良かったです)。

その晩の夜明け間近にはずっと足を開いていることがつらくなってきました。思えば手術後につらい思いをしたのはこの数時間だけだったと思います。

手術2日目から退院まで

 翌日から石部先生が仰ったとおりリハビリテーションが始まりました。幸い、ベッドに起き上がってもベッドサイドに座ってもめまいはほとんどなかったのでこの日は歩行器を使って歩く訓練をしました。自分で驚くほど股関節の痛みがなくトイレまで歩行できたので、この日のうちに尿道カテーテルが抜去されました。

 術後2日目は歩行器を使ってリハビリ室まで移動してのリハビリテーションを受けました。すこぶる快適です。この日のうちに歩行器を卒業、補助は一本杖でよいことになり、自室でのシャワーの仕方を看護師さんに点検してもらって許可が出たのでシャワーも解禁になりました。生活の復帰の速さに自分でも驚きました。

 術後3日目、リハビリ室で靴下を穿く訓練をしました。え?もう?と思いましたが、10数年間届かなかった自分の右足の先に指を触れることができ、靴下も穿くことができました。もう驚きと喜びの連続です。ただ右足が2cm伸びたことによる体が傾いてしまう様な違和感には悩まされました(その後、この突っ張り感は自然に消滅していきましたが)。

 その後、毎日午前午後の2回、リハビリ室での筋力トレーニングとストレッチとマッサージを繰り返し、いつの間にか術後1週間が経っていました。この間はリハビリによる痛みやつらさはありましたが、みるみる股関節の可動域が広がるし、足の力はつくし、で楽しく張りあいのある日々でした。

看護師さんに麻酔が途中で覚めた話をしていたので、手術の当日に迎えに来てくれた看護師さんも少し心配していたようですが、手術後に手術室前室で麻酔医の先生に「終わりましたよ、気分はどうですか」と言われた私が「ありがとうございます。最高です!」と大声で答えたのでびっくりして笑えたという話も聞きました。自分では覚えがありませんが、きっと麻酔の上手さに感動して叫んだのだと思います。

 退院のためには石部先生の回診時に歩いて見せて先生に許可をいただかないといけない、と理学療法士の皆さんから聞いていたので、退院予定日は早く起きて回診前に十分ストレッチをして滑らかに歩けるように準備していました。回診で石部先生に「じゃあ、歩く姿を見せてください」と言われ、緊張の中、病室と廊下の間を歩きました。「もっとゆっくり歩いて」先生から指示されました。緊張して早歩きになっていました。

 「いいでしょう。退院を許可します。1か月検診までしっかり自宅でもリハビリを続けてください」。 やった!退院です。なんと9月24日水曜に手術して10月2日木曜の朝に退院です。20数年かけて変形した難物の股関節の手術がこんなに軽く終わるとは!まさに石部先生はゴッドハンドだと思いました。

 10月2日の朝、迎えに来ていた妻と退院しました。北海道は入院した13日前より少し寒くなっていました。股関節の痛みを感じない、不思議で新鮮な感覚で自宅まで帰ってきたことを鮮明に覚えています。

手術後1か月検診

 退院して帰宅したのは木曜、さすがにその週はお休みをいただいて、翌週から職場に復帰しました。最長手術後3週間の入院が必要かも、と言ってあったので手術後1週間で退院して現れたのには皆さんが驚いていました。なにより普通な姿勢で歩くことにびっくりされていました。

 その後は、指示された筋トレとリハビリテーション室で奨められたストレッチに真面目に取り組みました。自分でもわかるほど患足が太くなり、可動域も広がってきました。犬の散歩もスイスイいけるようになりました。そして手術日が決定した同じ日に既に予定されていた1カ月検診、11月4日に再び北海道を訪れました。 考えてみれば手術前に術後の検診日まで決めているなんて「絶対手術の失敗がない」という先生の自信の現れかもしれないですね。

 血液検査やレントゲン撮影、筋力測定などを行いました。患足の筋力は前上げ(16.7kg→17.4kg)後上げ(15.7kg→20.8kg)横上げ(13.0kgで変わらず)でした。

その後は石部先生の検診です。最初に可動域や足の太さや長さの測定をしていただき、手術痕の確認もしていただきました。そして「順調に回復されています。入浴も車の運転も許可します。次の診察は1年後で結構です、これからは杖に頼らないで生活してみましょう。あとは体重管理に気をつけてください」と嬉しいお言葉をいただきました。思わず「こんなに晴れやかな気持ちで生活できるようになると思っていませんでした。ありがとうございました」とお礼を申し上げました。

股関節の痛みに悩んでいる皆さんへ

 足が思うように動かせない、運動制限がありしたいこともできない、旅行どころかちょっとしたお出かけにも消極的になる、新しいことにチャレンジする気にならない...、そして毎日が痛さとの戦い。少し多めに動いた日の夜の泣けるような痛み。何の希望もなくひたすら痛みと不自由さを我慢する生活。

 私もそんな生活をしていました。つい5か月前までです。人工股関節にすれば全てが変わります。自分の気持ちが、世界観が変わります。もちろん人工物ですから寿命があって再手術ということもあるという不安を持たれるかもしれません。死ぬまでに手術を一回で済ませられるようにもっと年をとってから、と思っている方もあるかもしれません。でも、不自由と苦痛と我慢に満ちた生活で大事な「今」を消費してしまっていいのですか?

 麻酔が怖いこともあって決断できなかった私が偉そうなことは言えませんが、決断して数回の通院と数週間の入院で間違いなく今の貴方の苦しみは軽減されます。

 私たちには石部先生がいらっしゃる。そして石部先生の神業を支える人工股関節手術の治療に精通した専門スタッフを備えた素晴らしい病院もある。この幸運を活かしてもう一度自分を生まれ変わらせてみませんか。

最後に

 石部先生、石部基実クリニックと小笠原クリニック札幌病院の皆さま、本当にお世話になりました。いただいた新しい足を大事にそして有意義に使って人生を取り戻していきたいと思います。暖かくなったらゴルフを始めます。妻と一緒にラウンドするのが今の夢です。

 本当にありがとうございました。

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